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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)797号 判決 1998年9月25日

東京都板橋区小豆沢三丁目四番三号

控訴人(一審被告)

株式会社タジマツール

右代表者代表取締役

田島庸助

右訴訟代理人弁護士

増岡章三

増岡研介

片山哲章

兵庫県三木市大村五六一番地

被控訴人(一審原告)

株式会社岡田金属工業所

右代表者代表取締役

岡田保

右訴訟代理人弁護士

酒井信次

田中稔子

右補佐人弁理士

大西健

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  前項に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、被控訴人が、不正競争防止法違反(周知商品表示混同惹起行為)を理由として、原判決別紙「口号物件」図面記載の替え刃(被告替え刃)の製造販売の差止め及び損害賠償を求めた事案である(「被告替え刃」等の略称は、原判決のそれによる。)。

なお、被控訴人は、原判決において、実用新案権侵害を理由とする背金及び鋸柄の製造販売の差止め並びに損害賠償を求める請求を棄却された部分につき、控訴を提起していたが、その後これを取り下げたため、右部分は不服の対象となつていない。

二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実」欄の「第二 当事者の主張」(ただし、実用新案権に関する部分を除く。)のとおりであるから、これを引用する(原判決四頁七行目から一〇行目まで及び同一六頁五行目から二三頁四行目まで)。

【原判決の訂正等】

1 原判決一六頁九行目の「いる」の次に「。」を加える。

2 同一八頁三行目の「商品形態は、」の次に「遅くとも平成元年ころには、」を加える。

3 同二一頁四行目の「実用新案法」から五行目の「とともに、」まで、同頁六行目の「民法」から七行目の「実用新案法二九条二項、」までをそれぞれ削除し、同頁九行目の「本件」の次に「原審」を加える。

4 同二二頁一行目の「ないし4」、同頁二行目及び三行目をそれぞれ削除する。

5 同頁五行目と六行目との間に次の文章を加える。

「本件替え刃の基部形状は、技術的機能に由来する必然的な形態である。

需要者が商品選択に際して着目するのは、替え刃を回転させて着脱するという技術的機能であり、本件基部形状は正にこのためにのみある。また、鋸という商品の性格からしても、需要者が機能をデザインよりも重視することは容易に看守されることである。需要者がこのような観点から商品を選択するものである以上、本件替え刃の本件基部形状が商品表示性を有するものとは認められない。」

三  主たる争点

1  控訴人の被告替え刃製造販売行為は、不正競争防止法二条一項一号(平成五年法律第四七号附則二条により同法施行前に生じた事項にも適用。周知商品表示混同惹起行為)に該当するか否か。

(一) 被控訴人が主張する本件替え刃の形態的特徴(<1>フック状の掛止め部の形状、<2>背凹部の存在、<3>刃渡り寸法の印刷表示)の商品表示性

(二) 被告替え刃の製造販売による出所混同のおそれ

2  被控訴人の損害

第三  証拠

本件原審及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(被告替え刃製造販売は周知商品表示混同惹起行為に該当するか否か)について

当裁判所は、被控訴人が主張する本件替え刃の形態的特徴(<1>フック状の掛止め部の形状、<2>背凹部の存在、<3>刃渡り寸法の印刷表示)は、いずれも商品表示性を有するに至っておらず、その余の点について検討するまでもなく、不正競争防止法に基づく被控訴人の主張は理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1  商品の形態は本来、当該商品の機能をよりよく発揮させ、あるいは、美観を高める等の見地から選択されるものであり、商品の出所を表示することを直接の目的とするものではないが、他者の商品との比較において形態自体に特異性が認められれば自他商品識別力を肯定することができるし、また、形態自体に特異性が乏しい場合でも、当該商品が大量に製造販売され、長期間経つとか、短時間であってもその形態を示した宣伝が強力に行われると、当初は機能や美観上の意味(第一次的意味)しか有しなかった形態が第二次的に商標的な意味(セカンダリーミーニング)を獲得し、自他商品識別力を具備するに至ることがある。そして、商品の形態自体に特異性が認められるか、長年にわたる大量使用又は強力な宣伝活動により自他商品識別力が肯定される場合には、その商品形態は特定の商品表示と認められ、不正競争防止法の保護対象となる。

2  当事者間に争いのない請求原因7の事実、証拠(甲三、四、八の一~三六九、九の一~二二七、一〇の一~一八、一四、一八、二六、二七、二八の一・二、二九、三〇、三二の一・二、乙一四、一九、二二ないし三八、四〇の一・二、検甲二の一・二、六、七の一~四、八の一~五、九の一~五、一〇の一~五、検乙二の二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 替え刃式鋸の出現

柄に対して鋸刃を自由に取り替えることができるように構成した替え刃式鋸は、昭和四〇年代ころより、鋸刃の目立技術者の不足が顕著となる一方、鋸刃を激しく傷める集成材等の新建材の出現や目立てにかかる費用の高騰等の事情により、それまで一般的であった鋸柄と鋸刃を一体的に取り付けた鋸の不便さが顕在化したことから、製造、販売されるようになった。

昭和四四年ころ、レザーソー工業株式会社が製造、販売を開始した替え刃式鋸(商品名「レザーソー」)は、替え刃式鋸としては初めて大量生産、大量販売に成功した商品であるが、鋸刃を把持柄に取り付けた背金にはめ、把持柄に水平移動させて差し込み、把持柄の下縁に取り付けたネジを締め込むことによって、鋸刃を鋸柄に取り付ける(固定する)という方式を採用していた。

(二) 旧実用新案

被控訴人は、昭和五〇年には、「パネルソー」との商品名で、回転着脱方式の替え刃式鋸の製造、販売を開始し、右替え刃式鋸について実用新案(旧実用新案)の登録出願をし、実用新案権(旧実用新案権・実公昭五三-一六七四号)を取得した(右権利は昭和六三年一月一八日まで存続)。

旧実用新案においては、鋸柄に取り付けた鋸刃保持部(背金)内に側面形状が円弧状に形成された係止部を設け、鋸刃基端部(鋸刃の根元)に、係止部に係合する凹所(掛止め部)を基端部の刃の側(下方)から切り欠き形成し、かつ背部側(鋸刃の背)に連なる基端部の縁を係止部の円弧にほぼ沿って滑らかに背部側に連なるように形成することにより、右凹所(鋸刃の基端部に形成した掛止め部)を鋸刃保持部(背金)内の係止部に掛け合わせ、係止部を中心として鋸刃を回動させることによって鋸刃を鋸柄に取り付ける技術思想が開示されている。

右「パネルソー」の替え刃は、鋸柄への装着部となる基端部(以下「基部」という。)にフック状の掛止め部を形成し、右掛止め部から刃先部分に至るまで緩やかな円弧を形成した形状であった。

(三) 原告商品・本件替え刃の製造、販売

右「パネルソー」は、替え刃の背部全体にわたって背金を配置させる構造となっていたため、切断できる木材の太さが刃幅のものに限定されるという難点があったため、被控訴人は、右難点を克服するため、新たに背金を短くし、本件替え刃を装着した回転着脱方式の替え刃式鋸「ゼットソー265」を開発し、昭和五七年七月にその製造販売を開始した。

さらに、被控訴人は、様々な太さの木材を切断できる鋸に対する需要者の要望を満たすため、昭和五九年八月に「ゼットソー8寸目」の、昭和六一年六月に「ゼットソー300」の、平成三年三月に「ゼットソー7寸目」の製造販売を開始し、昭和六三年一二月からは、これらの鋸及び替え刃(以下、これら「ゼットソー」の商品名で販売されている鋸及び替え刃を合わせて「原告商品」という。)の販売を子会社である訴外ゼット販売株式会社(以下「ゼット販売」という。)に委ねている(以下、被控訴人とゼット販売とを合わせて「被控訴人ら」ということがある。)。

本件替え刃を含め原告商品の基部形状は、ほぼ前記「パネルソー」と同様の形状を採っている。

(四) 本件替え刃の形態

本件替え刃は、左記の形態を有するものである。

(1) 本件替え刃の形状の詳細は、原判決別紙「本件替え刃」図面に記載のとおりである。

(2) 鋸柄への装着部となる基部は、その下縁から上方(背部)に向けて、半径三〇mmの円弧部、半径二mmの円弧部、上下長さが七mmの垂直状の立ち上がり辺部、半径五mmの半円弧状の凹部(以下「小円弧部」という。)、半径二mmの円弧部、左右長さが三・八mmの水平状の辺部、半径二mmの円弧部、上下長さが約三mmの立ち上がり辺部、半径一八mmの円弧部(以下「大円弧部」という。)を順次連続させた構成となっており、大円弧部と小円弧部とは同心円上にあり、右両円弧部によって、基部側上方位置にフックの掛止め部を形成している。

(3) 基部側の背部、掛止め部付近に深さ約二・五mmの凹部(背凹部)が存在する。

ちなみに、背凹部は、鋸柄との掛合せ機能とは無関係なものであるが、本件替え刃の製造工程においては、掛止め部周辺を成形するプレス加工と背部の曲線を成形するプレス加工とを別工程で行うが、僅かなプレス加工のずれによって背部に段差が生じることになるので、これを防ぐために、先に行う掛止め部周辺のプレス加工の際に、背部にへこみ(背凹部)を作っておくものである。

(4) 本件替え刃の側面(片面だけ)基部側寄りの位置には、「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、「265」と横書き三段の印刷(ただし、「ハード・インパルス」は抜き文字で印刷)がされている。

ちなみに、「ゼットソー」と「ハード・インパルス」(本件登録商標)は、いずれも被控訴人の登録商標であり、「ゼット」はゼット販売の商号の一部であり、「265」は、鋸刃の長さ(刃渡り)の寸法表示であり、「ゼットソーHI」と「ハード・インパルス」の印刷表示は発売当初から、寸法の印刷表示は昭和六一年からされているものである。そして、「ゼットソー」は、本件替え刃を含む「ゼットソー」シリーズの商品及びその包装にのみ付されており、「HI」及び「ハード・インパルス」は被控訴人らの他の商品(例えば「パネルソー」シリーズ)及びその包装にも付されている。

(五) 原告商品・本件替え刃の販売時の形態

原告商品の鋸刃(替え刃)部分及び本件替え刃は、いずれも錆を防止するために防錆紙で包装したうえで、外装袋に入れて販売されている。そして、平成元年ころ及び平成三年ころの原告商品の外装袋をみても、その表面には、替え刃を背金に装着した状態の形状を示す写真や絵が、「ゼットソーHI」、「8寸目」、「265」等の商品名や「ハード・インパルス」という商標を記した帯状部分とともに印刷されている。最近の替え刃単体での販売用の外装袋には、替え刃の全体形状が印刷されているものもあるが、替え刃の全体形状を外装袋に印刷するようになった時期を明らかにする証拠はない。平成元年ころからは、フイルムの一部を透明にすることにより、外部からも替え刃の一部が見えるような方法が採用されているが、替え刃そのものの基部形状までを視認することはできない。

(六) 原告商品・本件替え刃の販売実績、広告・宣伝活動等

(1) 被控訴人の製造した本件替え刃を装着した「ゼットソー265」は、我が国有数の金物産地である三木市において、昭和五七年度の新殖産品に指定され、同市により、全国の約八〇〇〇の小売店にダイレクトメールで紹介された。

(2) 販売実績

原告商品は、発売以来、次々と鋸市場におけるヒット商品となり、その売上額は、昭和六二年に約二九億円を記録するまで順調に伸び、以後、毎年二〇億円ないし三〇億円程度で推移し、被控訴人は原告商品の販売によって業界トップクラスの地位を確立した。

本件替え刃の総販売数は、平成五年六月までの累計で一八五一万五七三五枚であり、同月までのパネルソー、ゼットソー等の同一基部形状を有する被控訴人製造に係る替え刃の総販売数は、約三八〇〇万枚である。

(3) 広告・宣伝費

被控訴人らは、原告商品全般を大々的に広告・宣伝しており、その新聞広告費用は、昭和五七年四月一日から平成六年一一月二〇日までで、三七三二万〇五〇〇円である。

また、ラジオ、テレビ、カタログ等の宣伝広告費用は、昭和五七年四月一三日から平成元年五月四日までで五三九七万四三〇〇円、平成六年一一月二〇日までで一億七六〇一万八二三〇円である。

(七) 広告・宣伝の内容

(1) 新聞広告

平成元年ころ業界新聞に掲載された広告には、原告商品の形状(鋸柄に鋸刃が装着された全体形状)が示され、菱ゼットマーク、「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」、被控訴人の社名等が横書きで表示されていた。

広告以外でも業界新聞や一般紙に取り上げられ、原告商品が「替え刃式」、「ゼットソーHI」などと紹介され、鋸柄に鋸刃が装着された原告商品の全体形状が合わせて示されたりした。

ちなみに、菱ゼットマークは、◇(菱形)内に「Z」、◇の右肩に「ゼット」と表示した標章であり(被控訴人の登録商標であると推認される。)、後記カタログにも同じ標章が表示されているが、原告商品の外装袋や後記テレビコマーシャルには、右肩に「ゼット」の表示がないものも使用されている(以下、これらを総称して「菱ゼットマーク」という。)。そして、菱ゼットマークは、「ゼットソー」シリーズ以外の被控訴人らの商品及びその包装にも使用されている。

(2) ラジオコマーシャル

ラジオでは、「ハードインパルスのゼットソーは集成材でもらーくらく」、「大工さん、まっすぐ切れますか?」、「切れまんがな、四角も二角もまーすぐ切れる、ゼットソー」、「岡田金属工業所です」との音声を流している。

(3) テレビコマーシヤル

テレビでは、<1>昭和六一年度には、「人が時代を求める新しい道具を作る岡田金属工業所」、「企画・開発・製造と一貫体制のもとで伝統の技と最先端の技術が融合し、ゼットソーが生まれました。」、「菱ゼットマークは新たな伝統を築きます。」との音声を流して、原告岡田金属の「企画・開発・製造と一貫体制」のもとで被控訴人の替え刃が生まれたことを放映し、<2>昭和六三年度には、「ゼットソーは替え刃式の鋸、(刃先を取り付ける音)刃先はハードインパルス」、「(鋸で切る音)よく切れます。まっすぐ切れます。大工さんも使っています。」、「(刃を取り外す音)切れなくなったら新しい刃と取り替えて下さい。」、「ゼットソーはお近くの金物店・ホームセンターでお求め下さい。」との音声を流し、替え刃が一本の鋸柄をもつて、かつ「ワンタッチ」で、種々の厚みの異なる鋸替え刃の装着を可能にするものであることと、四種類の替え刃(掛止め部・背凹部の形状及び寸法表示)を放映し、<3>平成三年度には、「(鋸で切る音)よく切れるなー おがくず積もれば山となる:か。」、「(鋸で切る音)あっ すごーい なにこれ!」、「ゼットソーブローハンドルが邪魔なおがくずを吹き飛ばす。」、「キャー!」、「風のイタズラ ゼットソーブローハンドル」、「お父さんも・大工さんもにつこり」との音声を流して、本件替え刃を含む七種類の替え刃の形状(掛止め部・背凹部の形状及び寸法表示)等を放映し、<4>平成五年度には、「ゼットソーのゼットつて何?」、「それはハードインパルス加工だから長持ち抜群 切れ味抜群」、「さ・ら・に ここ!」、「用途に応じて取り替えられる替え刃式」、「なるほど」、「それでゼットなのね」、「ゼットソー鋸極めればゼットソー」との音声を流して、鋸柄に装着した本件替え刃(寸法表示)等を放映している。

(八) 他業者の参入

被控訴人の旧実用新案権は、昭和六三年一月一八日、存続期間満了により消滅したが、その後の平成元年ころ以降、他の業者も、回転着脱方式の替え刃式鋸に参入し、鉤状の掛止め部を有する替え刃を製造、販売するようになった。

3  右認定の原告商品及び本件替え刃の販売期間、販売実績、広告・宣伝活動等によれば、他業者が回転着脱方式の替え刃式鋸及びその替え刃を製造、販売し始めた平成元年ころには、原告商品は、「ゼットソー」なる商品名の回転着脱方式の替え刃式鋸及びその替え刃として、需要者の間で広く知られるようになっていたものと認められる。

4  そこで、本件替え刃の商品形態が、掛止め部ないし基部の形状等に独特の形態的特徴を有しており、商品表示性を有するかどうかについて検討する。

この点につき、控訴人は、本件替え刃の掛止め部分ないし基部の形状は、すべて回転着脱方式の替え刃式鋸の替え刃における技術的機能に由来する必然的な結果であるから、出所表示としてはこれを除外すべきであると主張する。

回転着脱方式の替え刃式鋸においては、その技術的機能の制約から、(1)背金の支持部(係止部)と替え刃の掛止め部がそれぞれ円滑に回転運動(回動)をすることができる形状を備えていること、(2) 鋸刃が鋸柄に取り付けられた状態(鋸柄への装着状態)で、背金の支持部に掛け止めされた鋸刃の掛止め部の位置が確実に保持される形状を備えていること、(3) 掛止め部を含む鋸刃基部の全体形状が、右(1)の回転運動を妨げないように形成されていることが必須の要件となる。

そして、回転着脱方式という要請から、右(1)の回転運動の軸となる支持部は側面形状が円形又は上縁側が円弧状とならざるを得ず、掛止め部の下縁側(支持部と直接接触する部分・以下同じ)は、支持部の円周面に沿って滑らかに回転することができるように、当該支持部の半径とほぼ同一の半径を備えた円弧状であることが必要となり、しかも、右(2)の要件を充足するために、掛止め部の下縁側は、替え刃の長さ方向での抜け出しを防止するのに十分な鉤状であることが要求される。ちなみに、本件替え刃においては、小円弧部(半径五mm)がこれに該当する。これに対し、右(3)の要件を充足するためには、掛止め部の背部に連なる上縁側は、回転運動の際に背金の一部と接触して当該回転運動を妨げないような形状であれば、必ずしも円弧状に形成された下縁側と同心円上にある円弧状である必要はないし、鋸刃基部(鋸装着部)側のその余の部分(掛止め部付近)は、当該回転運動を妨げないような形状であれば、円弧状である必要すらない。したがって、右(1)ないし(3)の要件をすべて充足するためには、掛止め部の形状が、本件替え刃のように同心円上にある小円弧部(半径五mm)と大円弧部(半径一八mm)とで形成される鉤状(被控訴人主張の「フック状」)である必要はない(以上につき、甲二九、乙二二ないし三二、四〇の一・二、検甲六)。

以上によれば、本件替え刃の基部、特に掛止め部の形状が、回転着脱方式の替え刃式鋸における技術的機能に由来する必然的な、他に選択の余地のない形態であるということはできない。

5  しかしながら、(一) 被控訴人主張の形態的特徴<1>、すなわち、本件替え刃の基部側上方位置に存在する半径一八mmの大円弧部及びこれと同心円上にある半径五mmの小円弧部とで形成されるフック状の掛止め部は、その形状自体、格別特異なものではないこと(乙二二ないし三二、四〇の一・二、検甲六)、(二) 掛止め部を含む本件替え刃の基部側の全体形状も格別特異なものではないこと(前同)、(三) 替え刃の取引者・需要者は、特定の替え刃式鋸の把持柄(鋸柄―需要者であれば自己の有する鋸柄)への装着可能性という観点も商品選択の基準とし、鋸装着部の形態にも注意を払うものと考えられるが、その場合、鋸柄への装着可能性という技術的機能面に着目しているにすぎず、掛止め部を含む基部側の全体形状自体から商品を識別しているとは考えられないこと、(四) 原告商品及び本件替え刃は、外装袋に入れて販売されているところ、多くの種類の商品の外装袋の表面には、替え刃が背金に装着された状態での形状が印刷され、替え刃の基部形状が表面からは分からないような形で販売されていたのであり、替え刃の全体形状が外装袋に印刷されるようになった時期も明らかではないこと、(五) 被控訴人による広告・宣伝の内容を見ても、本件替え刃の基部を含む写真や映像も紹介されているものの、特にその基部形状を強調するようなものではないこと、(六) 被控訴人主張の形態的特徴<2>、すなわち背凹部の存在は、本件替え刃の全体形状からみて目立たない部分であり、取引者・需要者が背凹部の存在によって、商品の出所を識別しているものとは認められないこと、(七) 替え刃の需要者の大部分は、大工職、建具職その他の建築関連業者などの専門職であることがうかがわれ、その取引者・需要者は、替え刃の切れ味、耐久性等の品質、価格をも商品選択の重要な基準とし、鋸刃やその包装袋に付された標章、製造元・発売元の表示等によって、当該商品の品質や出所等を識別しているものと考えられること、(八) 被控訴人主張の形態的特徴<3>、すなわち刃渡り寸法の印刷表示は、そもそも本件替え刃の刃渡り寸法等を説明するものであり、 「ゼットソーHI」、「ハード・インパルス」(本件登録商標)という被控訴人の登録商標やゼット販売の商号の一部を含む赤色印刷表示と一体となって、商品の識別機能を果たしているにすぎず、それ自体に自他商品識別力があるとは認められないこと、以上の諸点を併せ考慮すると、被控訴人が主張する本件替え刃の形態的特徴<1>ないし<3>等は、いまだ、それらが本来有する機能や意味(第一次的意味)を超えて、第二次的に商標的な意味を獲得し自他商品識別力を具備するに至っているとは認められない。

したがって、その余の点について検討するまでもなく、不正競争防止法に基づく被控訴人の本件各請求は理由がない。

二  結論

以上の次第で、被控訴人の不正競争防止法に基づく本件各請求は、いずれも理由がなく、すべて棄却すべきものであるから、これと一部結論を異北する原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、右部分についても被控訴人の請求をすべて棄却することとする。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)

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